Sunday, December 17, 2006

死は恐くない2、いのちの出どころ

いつから人生に目的も意義もなくなったのでしょう。
すべては偶然と言う悪い宗教に毒されています。
ここからひく人も多いでしょう。常識とは違いますので。
進化説信仰を信じているからです。
進化説(進化論とも言えないほどお粗末)は科学ではありません。信仰です。
ダーウインは科学方法論も知らない神学者であって、生物学は素人。ガラパゴスでめずらしい生物をチラッと見ただけ。
「泥の中からうなぎが生まれる」といった錬金術発想の延長線。
科学的動機でなく権力者への反抗。
そして「科学がすべてを解き明かす」といった思い上がりは、ニュートン力学の延長。
ニュートン自身、まだ錬金術師。
20世紀量子力学時代になって、湯川秀樹博士は「科学で分かることは、牛一頭のうち、毛一本もない」

本を読んでるだけの学者もどきは別にして、毎日生命に接している生物学者は進化説を信じません。
絶妙なバランスで生きているので、わずかな変化でも生きていけないことを実感します。
「私は進化説を認めないが、他の学者は流行に逆らえない」(日高敏隆京大教授)
以上科学論争であって、宗教vs科学という場外乱闘に持ち込まないでください。

ここから宗教以前の議論
死を考えることは生命を考えること。
人間の、浅はかな頭で分かるような小さなものではありません。
毛一本すら分からず、牛全体を理解しようとすることが、無益なことです。

命をいただき、その源である方と共に生き、また源に帰っていく。
「主は与え主は取り去る。主の御名はほむべきかな」ヨブ
どうすれば神を見出し、信頼し、共に歩めるか。
人間鵜呑みできるほど、素直ではありません。
ここから宗教。
少しずついきます。お付き合いを。

No comments: