沖縄のクリスチャン、カミヤさん。
東京にいた時、ホームから線路に突き落とされたそうです。
電車が入ってきて、必死で避けたものの、左手が根本から切断しました。
祈りました「神様今まで、左手をありがとうございました。今お返しします」
驚きました。
傷の痛み、無くしたものの大きさ、加害者への恨み。狂乱しても当然です。
なぜこんなに強いのか。
我々は神によって命を与えられました。
そして肉体を与えられ、この世に生まれました。
肉体は古くなり、少しづつ神にお返ししながら、やがて肉体すべてを返して、魂も帰らなければなりません。
私も、足腰が弱まり、好きな山も、行けるコースが限られてきました。
なにより、意欲がどんどんなくなります。
まだ新聞読めるけど、目も衰えた。
これから生への執着も徐々になくなることでしょう。
我々は神によって生まれ、神と共に歩み、神の元に帰らなければなりません。
ところがこの世では、神を神にしないで、自分を神にしてしまいます。
神と離れ、糸の切れた凧になりました。
自分勝手がしたいからです。
「厄除け」だどと不幸は他から来るように思っています。そこまでも自己中心。
他からの不幸は戦えば勝利できます。努力で何とかなります。
でも内からの不幸には負けるのです。
自分のしたいことができず、やめようとすることが、やめられません。
「罪の奴隷」となりました。
どのツラさげて、神のもとに帰れましょうか。
自分を産み育ててくれた親は、どれだけ自分を愛してくれているでしょうか。
なかなかわかりません。
自分が親になったとき、やっとわかります。
今クリスマスです。
我々を作った神は、我々をどれほど愛してくださっているのでしょうか。
なかなかわかりません。
神はプレゼントをくれました。
罪の奴隷から解放してくださるのです。
一人子イエスキリストが生まれ、十字架で我々の罪をすべて代わってくれました。
いうならば一方的な愛をもって罰金を払ってくれたのです。
神との和解、仲直りができました。
罪は許され、神の前に喜びを持って立つことができます。
死は恐くないのです。
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